紅葉間近

 なんかこのごろ、一気にペースダウンしている。先週の御岳からのダウンリバー以来ではあったが90分の静水練習。

 このあいだは、あまり感じなかった木の葉の色づき具合が「うっすらと」ではあるが始まっているようだ。一昨日の雨降りで川は少しの濁りと増水気味だけど空は見事な秋晴れ。しばらく漕いでいたら冷たく感じた水も気にならなくなって、それなりに充実したトレーニングだ出来たかもしれない。

 先週、先行動作をより確実にするために、次に自分の体がどこを向けば良いかをイメージしてから実際にやってみるという方法で練習したら、結構いい感じだった。でも、今日はそのことを忘れていて、あまりつながった動きのイメージを持たずに練習してしまったので、体が遅れ気味になっているようだ。先へ先へと体を動かしていくと、フネを動かそうとがんばらなくても自然にフネが先行した位置までやってくるような気がした。そういう感覚とイメージを大事にしないと、いつまでたってもギクシャクした感じが抜けず、力任せでリズム感の無い動きになるのだろう。今後のテーマは流れるような滑らかな動きを体のスムーズな先行動作で導くということになるのだろうか。

 ムズカシイ

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考えてみれば初体験

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 今日は御岳からのダウンリバーのお誘いを受けて、クラブメンバー8人での川くだりに参加した。御岳からは初というメンバーもいるけどCOYOクンもいるので安心。

 天気は上々、水も冷たくない。平日とあってスラロームのトレーニング数名がいたほかに他のカヤッカーもおらず、川はほぼ貸し切り状態だ。ところどころで遊びながら2時間半で下って来た。

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 ちょうど3ヶ月ぶりの御岳からのダウンリバーだったが、今回はとても川がきれいに見えた。

 紅葉が少しずつ始まったのもさることながら、川自体がとてもきれいに感じたのだ。おそらく先日の台風の増水で川床の石が洗われて全体的に白くなったことがその理由ではないだろうか。

 思えば僕がWNに通うようになった2007年の春は、今日みたいに川の水がエメラルドグリーンに見えた。増水さえしなければ水は驚くほど澄んでおり、川底の白い石や岩が川全体を明るく感じさせる美しい川だった。

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 でも、その年の9月に20年に一度といわれた台風での大増水があり、上流の奥多摩湖は泥水で満杯になり、そのダム湖から半年以上もヘドロで濁った濁流が流され続けた。

 僕の多摩川での初ダウンリバーは、その増水がまだ引かない濁流だった。http://higtak.cocolog-nifty.com/outdoor/2007/09/post_4f79.html

 まだまだ下手くそだったので、濁流にもまれ沈脱してCOYOクンにレスキューされた悲しい記憶である。しかし、そんなひどい状態が初めてだったので、その後の川くだりには結構「なんとかなるさ」というクソ度胸もついた良い経験だったのだ。

 御岳からの初くだりはその1ヵ月半後の10月末。http://higtak.cocolog-nifty.com/outdoor/2007/10/dr_8245.html

 水は当然、まだ濁流であった。その後、何回となく多摩川をくだり、水はずいぶん長くかかったが次第に透明度を増していった。しかし、汚れた水が残したものは、大量のヘドロ。それが川底に堆積し、岩や石にこびりつき、コケを大量に繁殖させ、あの美しかった多摩川の川床を茶色く汚していた。それは、その後に幾度か起きた増水時にも流れることはなく、いつまでもヌルヌルと足元を悪くしていた。

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 それが、今回の台風でようやく石が磨かれ、ヘドロが洗い流されて本来の色に戻ったようなのだ。いや、本当はもっともっときれいだったのかもしれないが、それでも見違えるようだった。この川で漕ぐようになって、初めて水が碧い御岳を見たのだった。だから初体験。

 ちなみに今回、初御岳だったりえさんは沈することなく無事下り終えたようだ。多摩川自体が初めてというわけではないけれど、御岳から下れるということは大きな自信になるものだと僕自身の経験から思うのである。ご主人のsantaさんが少しずつだけど根気よく一緒に漕いできたからこそだろう。家族で同じ楽しみが持てるなんてほんとにうらやましい。

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そうであった

 今日、川から上がろうと練習場所からいつもの河原に流れ下っていったら、大きな犬がじっとこちらを見ている。白い大きな犬だ。だんだん近くなって濡れているが毛が長いのがわかった。おそらくゴールデンレトリバー。流れの際まで来てボクの姿を興味津々に見つめている。そりゃ、不思議だったんだろう。水の上を人が移動してくるのだもの。今にも川に飛び込んできそうな興奮した様子が伝わって来る。河原の中央で腰を下ろしてた若いカップル(夫婦だったかも)の女性が心配して腰を上げた。

 フネを降りる時は砂利の岸の上に後ろ向きに乗ったままずり上がる。いつものようにくるりと方向を変えて河原にずり上がる。ガリガリと大きめな音がして、犬がビックリして吠えた。

 振り向いて手を伸ばして「大丈夫だよ、怖くないよ」と言うと、まだ少しビクビクしながら近づいて来た。鼻先に触れてやるとすぐに安心したのか、今度は大喜びでまとわりついて来た。飼い主の女性が申し訳なさそうに「すいませ〜ん、こら、やめなさい」なんて言うが、本気で叱っていないので聞く訳もない。

「ほーら、怖くないだろ?」一瞬にして、もう完全になつかれた。激しく尻尾を振りながら、まだ乗ったままのフネの上にのしかかるようにジャレついてきて顔を嘗める。前足で飛びかかるようにして体ごと抱きついて来る。飼い主が「すいません」を繰り返すので「大丈夫ですよ、水は平気なんですか」と聞くと、「大好きなんです」という。

 犬と遊ぶ時は汚れるのは当たり前、カヌーのウエアだからなおさら平気だしね。「なんだ、お前はフネに乗りたいのか?」しかし、ちょっと大き過ぎる。スプレーカバーを外してフネから出る。
「そうなってるから水が入らないんですね?」と飼い主の女性。本当にカヌーに興味があるのか、気を遣ってそう言ったのかは不明。御主人なのか男性は、座ったまま遠くから微笑んで見ている。せっかく水入らずで静かに川を眺めていたのに邪魔しちゃ悪い。

 でもチョットだけ、水は平気というので川の浅いところで遊んだ。ほんの少し構ってやるだけで興奮して水辺を飛び回る。どう見ても子供なので年齢を聞いたら2歳だそうだ。やっぱり、遊び盛りの子犬だったわけだ。でも、体格は大きい。「こんなに懐いて……。犬、飼ってるんですか?」と女性。「いや、ずいぶん昔に」

 最後の犬が死んだのは1992年だったからもう17年も犬の居ない生活。団地住まいの時を除いて犬を飼っていたことが多かった。でも、いつも不慮のアクシデントで亡くす。ぼくらが成人して家を出てから最後の犬が病気で死んで、「死ぬのがかわいそうだから、もう飼わない」という母に誰も反対はしなかった。世話することもできないし
 実家を出ていたから犬はもう諦めていたが、5年前に実家に戻る時「犬が飼える」と子供と楽しみにしていたのだが、結局いままで実現しなかった。
 そもそも、カヌーを始めたのは家族みんなで楽しめる遊びだと思ったからだったのに、子供はまだしもカミさんが今ひとつ興味を示さず、結局一人で続けた結果がフリースタイルという方向に向かってしまった。でも、本来やろうと思ったのはキャンプなどして川で遊びながらの川下り。有名なカナダ〜アラスカのユーコン川にも行きたいなあと思っていた。しかし、両親の郷里の四万十川すら未だまともに下っていない。
 それでも、川下りのお供に犬がいれば楽しかろうにと思ったのは言うまでもない。でも結局これまで飼わずじまい。

 WNには猫がいるし、もう犬と遊ぶことなんて忘れかけていた。メンバーで犬を連れてくる人もいるがあまり遊んだことはなかった。久々に子犬(といっても大きかったけど)にチョットだけ遊んでもらって自然とは違う癒され方だった。やはり生き物はいいなと思う。でも、犬より家族をちゃんとしなさいという声が誰かから聞こえて来そうだ。

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しみじみ

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 先週の台風以後、やはり水温が下がったようだ。水に手を浸けているとそう感じる。
 ここのところなんとなく体がだるかったので、ついゴロゴロしてしまった。今日もつい遅くなってしまったけど、1時間だけでもと川へ出かけた。1週間ぶりでぎこちなさを感じるけれど、気楽に練習。でも、やっぱりループは飛び出しの角度が悪かったり、回転のタイミングが早いままで進歩なし。
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 時間になったので漕ぎ出しの河原へ戻ると増水後に形が変わった河原の入り江の水がとてもきれいだった。それまで流れだったところがせき止められて、河原の砂利を通った水は濾過されて澄んでいるからだ。よく見ると小さな魚たちがたくさんいた。
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 もうあと1ヶ月ほどでシーズンも終わりになる。スクールは終了し、メンバーもごく限られた人だけが漕ぎにくるだけ。静かな季節がやって来る。体力か気力か、やはり冬場に漕ぎに来る回数は減って来た気がする。回数はともかく、今年もずっと漕ぎ続けるだろう。ここは焚き火に当たって景色を眺めているだけでも来る価値があるから。
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感傷

 昨日、台風後の川は水が冷たかった。そして今夜、空を見上げると澄み渡った中に星がきらめく。オリオン座が大きく広がっていた。今年もあと3ヶ月足らず。秋の始まりは、その後にやって来る冬の寒さを少しずつ思い出させる。ちょっと心細いような、寂しいような気分

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台風の後に思うこと

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 台風一家? じゃない、台風一過。幸いにもたいした増水もなく心配された大型台風は関東を去っていった。
 翌日は朝からよい天気で水位もすでに普段より40センチくらい多いだけに下がっていた。それでも、もちろん中州や河原はほとんどが水没しており、実際にはそれほど水量が多い訳ではないのだが川幅いっぱいになって流れているので、流速もいつもより速く見る人によっては怖いと感じるかもしれない。
 ここに通い始めた頃はやっとロールを覚えたばかりで、短いフネでは真っ直ぐ進むことも安定せず、通常水位でも流れを漕ぎ上がるなど神業に思えたものだ。まして、増水時に漕ぎだすなど考えられなかったが、川という自然の性格みたいなものが解ってくると、その恐怖心は何分の一にも縮小されるものだ。
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 真っ直ぐに護岸工事された水路みたいな川だったら、ほんとに恐ろしい。逃げ込むエディもなく一気に流れてしまうからだ。でも、自然が作り出した川は、蛇行しながら流れ下る。蛇行すれば必ず深みと浅瀬が形成されているし、流れがもどるエディができる。水量によってはいったん入るとグルグル巻かれて出にくくなるエディもあるけれど、勢いに乗って流されて来たものも、この流れの渦巻く自然の入り江に流し込まれて渦に巻かれて止まってしまう。
 だから、自然の川では流れて下りたくとも、流れに乗り続けるように舵を取ってコースを意図的に選び続けなければ、どこかに流されエディに運ばれ、還流につかまり止まってしまうものだ。だから、川で流されても、浮いてさえいれば必ずどこかで引っかかって止まるだろう。
 それが証拠に、増水時のエディにはたくさんの枯れ枝やゴミや流木が所狭しと流され、寄せられて、水面に浮く浮き島のようになっていて、その上にセキレイが舞い降りて剽軽にシッポを降りふり歩いてみせる。
 こうして溜まった浮遊物も水位が下がっていくに従って、また流れに変化が現れ自然に姿を消していったりするから、川ってほんとによく出来てる。だから、人は長年ゴミ捨て場として河原を利用して来た。こうして増水が起こると、河原に投棄された廃棄物を川はきれいに流してしまうから。水に流すとはよく言ったもので、ほんとにきれいさっぱり消し去ってくれるのだ。でも、実際はそこから姿を消すだけで下流や海へと流され結局ゴミという存在はかわらない。だから、やはり川にゴミを捨てることは、環境破壊に直結しているわけだ。


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あっとほーむ〜

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 今日は休日出勤の代休。またまた仕事仲間とカヌーとキャンプをやる約束だったが台風で中止。
 2年前の台風では20年に一度と言われる大洪水でクラブにおいてあるフネが何艇も流失したことがあるだけに、直撃を受けそうな明日に備えて様子を見に行った。橋のたもとに見覚えのある車が駐まっている。いつものように鉄階段を降り始めると思った通り、COYOクン、moさん、smariちゃんの3人でせっせとフネを高い位置に移動させている。
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 もともと居られる時間も短かったので、漕ぐのは止めてこの作業を手伝った。そのうちF子さんやゴジゴジとゴジママも駆けつけて作業はほどなく終了。半分以上は昼前から3人で進めていたらしく、たいした手伝いではなかった。でも、こうやって様子をのぞきにくる家族みたいなメンバーがいるから、このクラブは心強いし楽しいんだね。Imgp0352

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見えないゴール

 ここ2、3年の心身の衰えには愕然とする。

 関節の痛む箇所が年々増えているし、人やものの名前が思い出せない。新しいものごとをすぐ忘れる。すぐ眠くなる。老眼が進みメガネを遠近両用にした。長時間熟睡できない。

 40代前半はまだ笑い話だったのに、もう最近ではどこへ行っても近い年齢の人が集まるとすぐソノ手の話になる。

 今やっているすべてのこと。仕事、カヌー、バンド、剣道。いつか復活させようと休眠中の山歩き。実際のところいつまで出来るのかなあ。などと考えていると過ぎ行く時間が惜しくなる。

 若いころ何故あんなに無駄な時間をすごしていたのか? なぜもっと全力を尽くさなかったのか? 

 子供のころは大人になるといろんな経験を積んで、知恵やものの分別もついて偉くなるものだと思っていた。

 ものごとをいろんな目で見ることはできるけれど、ちっとも偉くなっていない自分がいるだけ。たぶん高校卒業時点くらいから、ものの見方はあまり変わっていない気がする。

 だからこそ、ものすごい速さと繊細さで成長している子供を見ていると、よっぽど大人で教えられることが多いと感じるのはぼくだけだろうか?

 いいのかなあ……

 あと2年足らずで天命を知ることなんて出来るのだろうか

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いくつになっても

 初めての経験は甘酸っぱくほろ苦い。
 今回は剣道の話……
 小学校4年だったか、袴がはきたくて始めた剣道。1年ほどでやめてしまったのに40代半ばでふたたび始めることに……。ふだんは小学生の稽古相手として恥ずかしながら「先生」と呼ばれながらも、自分が稽古させてもらっているようなものだ。しかもスローペース。
 今日、大人になって初めて剣道の試合に出させてもらった。市民体育祭の大会。3人編成の団体戦の先鋒だった。じつはこの1ヶ月まったく稽古に出ておらず、竹刀も握っていなかった。ほかに出られる人がいないからと引っぱり出された格好だ。体力だけは維持していたので、怪我しないことをいちばんに考えつつ臨んだのだが……。
 まあ結果は当然のごとく惨憺たるもので、まったく剣道にもならないほど動けない。ほとんど自分から打つこともできず、防ぐこともままならず2本とられて終わり。中堅が引き分け、大将も惜敗して緒戦敗退を喫した。
 終わってみれば、やはり負けは悔しいものだ。敗因はやはり稽古不足。ここのところ肩や腰や膝が痛むので稽古に出る時気後れしがちだが、やはり竹刀を振って体を動かしたあとは清々しく感じるもので「もっと稽古しよう」「もっと稽古しなきゃダメだ」という意欲も湧いてくるから不思議。
 帰宅すると、中学の剣道部にいる子供も試合から戻っていたので結果を報告しあった。親子ともども結果は似たようなものだったが、共通の体験をしたことで久しぶりに、共感を持って親子で話が出来たのは貴重なことだった。稽古の量は子供の方が格段に多いが、決して強豪校ではないので勝ったり負けたりを繰り返しているようだ。
 試合に出場することの緊張感や負けた時の悔しさ。今日たった1回の試合でも感じることは多かっただけに、子供はその何倍もいろんな体験をしているのだなと思うと頼もしくなった。最近、やたらと腕が太くなっていて驚いた。

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結局はカヌー日和

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 今日はスクールのお手伝い。
 スクールも人数が多いとカヌーポロをやったり、カヌーで水上リレーみたいな競争が出来たりと楽しみながらフネに慣れることが出来るのでいい。
 朝はCOYO先生率いるリピータークラスの川下りに参加。クラブメンバーの女のコ2人も同行して9名で三本堰からスタート。降ったりやんだりの雨でも、みんな元気だ。
 とても優秀な生徒さんたちでCOYOクンが出した課題にトライして沈して泳いだ人はいたけれど、瀬を下って沈する人はいなかった。まったく危なげなし。生徒さんの心配より自分の乗ったフネの底が割れていて、5分乗っては水を出し、瀬を一つ過ぎては水を出すみたいな状態で、まあこのフネに当たったのが自分で良かったのかな。
 ウィズネイチャーの上のエディーで初心者クラスの生徒さんたちと合流し、10人くらいずつの2チームに分かれてカヌーポロをやった。勝敗がかかるとけっこうみんなムキになって、転覆なんてモノともせず果敢に攻める。
 最後にワールドでの優勝記録をもつCOYO先生が静水フリースタイルのデモ演技でアッと言わせて、フリースタイルカヤックの魅力をアピールして終了。
 最近、ますますグレードアップして豪華になったバーベキューの昼食も、とても賑やかで楽しい。スモークグリルで魚、肉、ゆで卵、なんでも薫製にしてみると、みな美味しくなる。
 気がつくと天気はよくなり日が射していた。
 つい食べ過ぎて午後からクラブの仲間と練習する時、しばらくは食べたものが腹でつかえて動きが悪かった。
 またまた、中州の小さなエディーはループ練習大会に……。薄暗くなったのであがってみると、夕方5時を過ぎていた。おかげで苦しかった食べ過ぎおなかも凹んでいた。

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