園児の死は大雪のせいか

保育所の屋根に積もった雪が落ちて、下敷きになった園児が死亡した。落雪の可能性を充分解っていたはずの園庭で子どもたちを遊ばせていて事故に遭ったというから驚きだ。
園庭の全体が危険というわけではないだろうから外へ出るなとは言わないが、「軒下には立たないように注意してあったのにこんなことになって申し訳ない気持ちです」とテレビのインタビューに答えていた保母はあまりにも当事者意識が希薄だ。
ニュースも町や園の安全対策が検証されていないうちから大雪の犠牲者として数えあげている。
よく老人と子どもを弱者として一括りにするが危険を知ったうえで事故に遭った老人の不運とこの場合は違う。「ここからは危険だから入ってはいけません」と教えたって、なんの目印もない雪一面の園庭の危険な区域を遊びに夢中になった6歳児が判断できるだろうか。たまたま通り掛かって運悪く巻き込まれた事故ではない。大人の責任だ。わずか2人の職員で37人の園児を遊ばせるには明らかに不適切な場所だったのだ。事故が起きる前に何も対策を講じなかった町や保育所の長の管理責任も大きいが、現場を目で見ながら危険から子どもを守れなかった保育士の判断ミスにほかならない。
この子の死を「雪による死者」の一人に加えるのは納得できない。

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自然をなめるな!

 大雪の被害が連日ニュースで流れる。昨年12月以降で死者は80人にもなるという。高齢者に犠牲者が多いのは、高齢化社会とあいまって、アクシデントに遭遇したときの耐性も低下してくる高齢者ほど大きな事故になりやすい(中高年登山者の遭難事故にも見られるように)からではないか。

 しかし、中高年以降の人生経験豊富な年齢の人は、本来だったら様々な経験から危機回避能力も高いはずで、大雪の時にはどうなるか、どうしたらよいか、何が危険かなどわかっているはずだ。それでも死にいたるほどの事故にあうのは、降雪量が少なくなったここ数年の環境に慣れて油断していたのではないか。 自然災害に対する備えというのは、これだけやっていれば万全というものはないだろう。もともと豪雪地帯といわれる地方に暮らしていて大雪で死ぬのは、個々の自然環境に対する心構えの差ではないかと感じる。町が全滅したわけじゃあるまいし、台風だって集中豪雨だって記録的な自然環境の変化があれば被害に逢う人は必ず出てくるものだ。

 数十年ぶりの記録的な大雪というのもニュースの見出しとしては便利な表現だが騒ぎすぎだ。その数十年間、記録が破られなかっただけで、雪が降らなかったわけではないのだから、たまたまおだやかな日が続いたとしても「いやいや、ほんとに荒れたらこんなもんじゃない。過去にここまで荒れたことがある。それ以上になることもあるかもしれない。油断は禁物だ」と備えだけはしておくのが自然に対する人の知恵というものだ。

 それでも被害が出るものはあきらめるしかない。人の力なんて自然の力から見れば取るに足らない弱いものなのだ。

 昨日の早朝、近所の橋を徒歩で渡っていたら歩道が霜で凍結していた。見た目には凍っているように見えないのだが、靴を滑らせて見ると明らかに通常と違ったツルリとした感覚で滑るのだ。橋は寒い日に凍結するというのは常識で、車のスリップ事故には注意が必要だといわれる。しかし、自分がハンドルを握っている時、目に見えて凍っていなければ気にせず通過している自分をちょっと反省した。人は自分が痛い目にあわなければすぐに注意を怠るだらしない生き物なのだ。

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